烏賊の塩辛が見に行った映画や展覧会の感想など、日々感じたことを徒然に書いていきます。


by ika-no-shiokara
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カテゴリ:演劇/ダンス( 12 )

世田谷パブリックシアターでこまつ座&シスカンパニーの「ロマンス」を観た。

井上ひさしの新作になる「ロマンス」を6人の名優たち(大竹しのぶ、松たか子、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄、木場勝己)が演じるという贅沢な企画。先日観た「紙屋町さくらホテル」ですっかり井上ひさしのファンになった私。チケットがとれずがっかりしていたところ補助席が追加発売されたとのことで、何とか観劇することができた。(3階席の一番舞台寄りの席だったが、死角もなく十分楽しめた。)

「紙屋町~」でも「築地小劇場」以来の日本の新劇のありかたについて、井上ひさしが強い問題意識を持って考えていることが感じられた。井上はその延長上で、新劇草創期の人々に強い影響を与えたロシアの演劇(チェーホフの戯曲やスタニスラフスキーの演劇理論)を格闘の対象にしたのだろう。井上は自らの演劇論を舞台の登場人物としてのチェーホフのセリフとして語らせる。チェーホフの演劇は本来、彼が学生の頃から見て楽しんだヴォードヴィル(アメリカのヴォードヴィルとは違って、面白い筋立て、演劇的からくりを仕組んだ芝居のこと)を受け継いだ、コメディーであった。それをスタニスラフスキーたち「モスクワ芸術座」の人々は悲劇に変えてしまった。舞台上のチェーホフはスタニスラフスキーをこう言って罵倒する。(この部分が井上の一番言いたかったことなのだろうが、あまりにシリアスになるのを防ぐために道化として文豪トルストイを登場させる。なんとも滑稽なトルストイ像だが、ずいぶんとその場を和ませてくれた。)

井上は、この主張をこの「ロマンス」という芝居の中で体現しようとした。芝居の構成はヴォードヴィル仕立て。舞台の規模は最小限にして、6人の俳優たちにいろいろな役を演じさせる。主人公のチェーホフについては4人の俳優に少年期から晩年にいたるまでを交代で演じさせる。何とも意欲的なアイデア。台本は例によって初日の2日前に完成したと言うが、演出の栗山民也とベテラン揃いの6人の俳優たち(何と贅沢な顔ぶれ!)でなければこなせなかったのではないか。

それにしても、井上ひさしが自らの課題に真っ向から取り組む姿勢には驚く。正直、コメディーを目指すなら楽しいだけの芝居ならいくらでも書けるのに、こんなシリアスな主張とコメディーを両立させるだなんて、自分をわざわざ難しい状況に追い込むだけのような気もする。そんな困難な目標に真っ向から取り組み、井上はこの芝居に多くの見せ場を作った。たとえば、大竹しのぶ演じる老婆が、医師であるチェーホフを欺いてお金を巻き上げる場面。また、「何事ももっと悪いケースを考えれば楽観的に考えられる」というトルストイのアドバイスを受けた後で、木場勝己のチェーホフと大竹しのぶのオリガが床に寝っ転がりながら、冬の間2人がモスクワとヤルタで別れて生活せざるを得ない状況を前向きに捉えようと仲良く話し合う場面。大竹しのぶがパンフレットに「井上作品は見終わった後に本当に温かい気持ちになる。人間として真面目に生きていきたいと考えさせてくれる。」と書いている通りだ。ただ、やはりちょっと頭でっかちというか、シリアスな主張が共感を持って受け止められるというところまでには行かなかったように思う。それは、私がチェーホフの戯曲やヴォードヴィルの伝統というものにあまり馴染みがなかったからかもしれない。

井上ひさしの新作をリアルタイムで見ることができる幸せを感じた一日だった。
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by ika-no-shiokara | 2007-09-02 17:55 | 演劇/ダンス
井上ひさしの「キネマの天地」を杉田劇場で観た。

先日「紙屋町さくらホテル」を観てすっかり井上ひさしの芝居に感激してしまったのだが、私の地元からほど近い杉田劇場で井上氏の芝居が上演されるというので、喜び勇んで出かけた。

杉田劇場は、かつて美空ひばりが初舞台を踏んだという同名の劇場から名をとっているが、数年前にJR新杉田駅前の再開発に伴って建設された、横浜市の磯子区民文化センターの愛称である。今日は「横浜演劇祭」の一環で、劇団「葡萄座」が井上氏の「キネマの天地」を演じたもの。劇団葡萄座はアマチュア劇団だが、60年の歴史を持つという。プロと比べると可哀そうだが、電子メールで予約すれば1500円のチケットはお値打ちもの。空席が目立つのがもったいない。

「キネマの天地」は昭和初期の松竹蒲田撮影所を舞台に、4人の映画女優と映画監督・助手、そして歌舞伎役者あがりの売れない役者が登場する、コメディタッチの作品である。フーダニットの謎解きもあるので、あまりここでは筋を明かすことはしないが、女優たちがライバルを蹴落とそうと張り合う中に、映画全盛期を支えていた彼女たちの気概が感じられる、映画讃歌となっている。同じ題名で1986年に映画も作られており、井上ひさしも脚本を担当しているというので、てっきり映画と同じ話かと思ったら、まったく異なるストーリーだった。(田中小春という女優はどちらにも登場するが。)

映画であれ演劇であれ、クリエーターとしての自負心を持った女優たちが生き生きと演じている姿は、時空を超えて観客たちを魅了する。ここでも「紙屋町さくらホテル」とは違った形ではあっても、演劇への愛情を感じさせられる。やはり井上さんは芝居が好きなんだな、と思った。
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by ika-no-shiokara | 2007-05-29 00:00 | 演劇/ダンス
六本木の俳優座劇場でこまつ座の「紙屋町さくらホテル」を見た。

「ひょっこりひょうたん島」で育った私にとって井上ひさしは子供のころからなじみの存在だったが、劇場で彼の作品を見たのは初めて。というか、元々観劇の習慣がなかった私が最近芝居を見るようになったので、一度は井上ひさしの作品を見てみたいと思ってチケットを買ったのだ。

井上さんの作品だから素晴らしいものだとは思っていたが、事前に下調べをすることもなく劇場に行って驚いた。これは誇張でなく後世まで残る傑作ではないか。普遍的なテーマがいくつもあって重たくなりそうな芝居を、エンターテインメント的要素もちりばめて楽しめる作品にしている。3時間を超える大作だが、観客を飽きさせない。芝居が終わって観客が感激してスタッフにお礼を言っていたのが印象的だった。

本作品は、演劇とは何のためにあるのかということを、国家権力との関係を絡めて問うていると思う。元々本作品は、10年前に新国立劇場が出来た時のこけら落としのために作られたという。新国立劇場の設立は、オペラや演劇・ダンスなど西洋渡来の舞台芸術を担っていた関係者にとって長年の夢の実現であった。だが、戦前の国家権力からの弾圧・統制の記憶が消えていなかった人々にとっては、国家による興行はうさんくさいものに感じられたのだろう。井上ひさし氏はそのような認識の元に、戦前の悲しい歴史(国策の宣伝のための移動演劇隊の1つとして「桜隊」が作られ広島で活動していたが、原爆により壊滅してしまう。)をテーマに選んだ。1945年5月の広島を舞台に、桜隊を率いる丸山定夫・園井恵子、日系二世の旅館経営者、隠密行動中の海軍大将と彼を追う陸軍大佐、教え子を戦争で亡くした言語学者達の出会いというフィクションを作り出し、彼らに様々な重いテーマを語らせた。丸山と園井は、築地小劇場を起こした小山内薫等の言葉を引用しながら、演劇論を展開する。役者は農民のように作物を作るわけでも商人のように物を運ぶわけでもない役立たずの河原乞食に過ぎないと言われて、でも役者は舞台の上で農民にも商人にも何でも成れる、役者はだから心がきらきらしている人間にしか成れないんだ、と反論する。国家の方針の元で移動演劇隊を組成していた彼らだったが、誇りを捨てずに演劇に対する情熱を語る彼らにより、素人の寄せ集めに過ぎない桜隊の人々は芝居の成功のために次第に心を一つにしていく。特高の刑事も、海軍大将も、そして最後まで批判的だった陸軍大佐にしても、この広島での出会いによって人生観が変わったはずだ。(尤も、海軍大将と陸軍大佐以外の人々は、その3ヶ月後に原爆に遭ってしまう運命なのだが。)それが、演劇とは何かという問いへの一つの答えになっているのだろう。

暗いテーマを救っているのは、宇野誠一郎氏の音楽だ。芝居の各所にちりばめられた音楽は、井上氏の巧みなせりふ回しと協演して、いつしか観客の涙腺を開きっぱなしにしてしまう。演劇は素晴らしい、音楽もまた素晴らしい。GW後半の初日にとても良いものを見せてもらい、とても幸運だった。
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by ika-no-shiokara | 2007-05-04 11:03 | 演劇/ダンス

写楽考

bunkamuraシアターコクーンで「写楽考」を観た。

去年青山円形劇場で観た鈴木勝秀氏の「myth」がとても面白かった。「写楽考」を鈴木氏が演出するというので期待していったが、3時間ほどかかる原作を2時間強に纏めたとてもスピーディーな舞台で、十分に楽しめた。

この作品は、一言で言えば芸術論、芸術家論を描いたものだ。後に写楽となる伊之は、「桃源郷のような地獄が描きたい。でも今は描く勇気がない。」と言っていたが、殺人の罪に問われて10年間逃げ回った末に、「今は地獄はないんじぁないかと思っている。」と言って勇助(喜多川歌麿)に「役者に似せて自分を描いた」絵を見せようとする。勇助は、修行時代は「絵師は極楽を描かねばならない。」と言いながら、それを描けない自分の技量に悩み苦しむが、やがて世間に認められ「死んだ人間を生きているようにだますのが絵師だ。」と言い放つ。伊之は芸術作品の中におのれをさらけだそうとし、勇助は自分をいかに作品から消すかに苦心する。

本作品を書いた故矢代静一氏は、「写楽考」で当時の自分を描き、自分の置かれていた1971年の日本を書いた。今回の演出を行った鈴木勝秀氏も、この上演で現在の世界と自分自身を描こうとしている。それは伊之が写楽としてやろうとしたことと同じ?でも、勇助の言っていることにも真実があると思う。近代西洋の個人主義的な芸術(家)観だけが全てではないと思うのだ。

先週見た「AOI/KOMACHI」には「愛とはなにか、美とはなにか」を考えさせられ、今週は「芸術(家)は何か」を問われ、いろいろ考えさせられることばかりだ。まぁ、酒でも飲んで寝ようっと。
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by ika-no-shiokara | 2007-04-22 17:38 | 演劇/ダンス

現代能楽集ⅠAOI/KOMACHI

世田谷パブリックシアターで「現代能楽集Ⅰ AOI/KOMACHI」を見た。

去年、同じ現代能楽集シリーズの第三作「鵺NUE」を見たが、AOI/KOMACHIは同シリーズの出発点となる作品。今年世田谷パブリックシアターが開場10周年を迎えるのを記念して、2003年に初演された本作品を再演するのだという。世田谷での再演に先立ってアメリカで上演してきたそうだ。

言うまでもなく、このシリーズは三島由紀夫の「近代能楽集」を意識し、能の名作を換骨奪胎し現代の演劇として生まれ変わらせたもの。AOI/KOMACHIの作者・演出家の川村毅氏は三島の近代能楽集をたびたび演出しており、三島に対抗する並々ならぬ意気込みもあったのだろう。

前半の「AOI」。謡曲「葵上」では、光源氏の妻である葵上に対して六条の御息所の生霊がとりつくのを横川の小聖が祈り伏せる。三島の「葵上」では、青年実業家若林光の妻葵がノイローゼで入院しているところに、光の昔の恋人六条康子の生霊が現れ、光が本物の康子に電話しているさ中に葵は死ぬ。「AOI」では、カリスマ美容師の光と、病院から抜け出して光に会いにきた少女葵と、金持ちマダムの六条康子の間でどろどろした愛憎劇が展開されるが、最後に、光の葵に対する愛は葵自身というより葵の美しい髪に対するもの、しかも物理的な髪を超越したものですらあることを悟り、葵は死ぬ。今回の演出では大きなスクリーンを使い、表の舞台上の役者とスクリーンに照らされる影絵のような姿を組み合わせ、さらに舞台中央の大鏡も使って面白い効果を出していた。

後半の「KOMACHI」。謡曲「卒塔婆小町」では、高野山の僧が都に上る途中で年老いた小野小町に会うが、小町に深草の少将の怨霊がとりつき百夜通いのさまを繰り返す。三島では、公園のベンチに座っている老婆に酔った詩人が話しかけ、老婆がかつて小町と呼ばれ自分を美しいと言った男たちが皆死んだことを話す内に、詩人は老婆が美しいと言って死んでしまう。「KOMACHI」では、売れない映画監督がひょんなことから古ぼけた映画館に迷い込み、そこでかつて銀幕のスターだった老婆とその執事に出会う。映画監督は彼らに拉致され、老婆の映画を撮るように言われ、さんざんな目にあう。「AOI」がどろどろした、エロチックな「濃い」作品だったのに対し、「KOMACHI」はコミカルな演出。老婆を演じる笠井叡氏はダンサーで、一言もセリフを言わず、すべてダンスで表現する。スクリーンに映し出す映像も駆使し、演劇とダンスと映像のコラボレーションという感じだ。

さまざまな要素がてんこ盛りで、観客を飽きさせることのない演出はさすがだ。コミカルな「KOMACHI」を先にやったら印象が変わるだろうか?「AOI」の最後の場面が後味が悪いと思ったのかもしれない。
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by ika-no-shiokara | 2007-04-16 23:33 | 演劇/ダンス

現代能楽集Ⅲ 鵺/NUE

世田谷パブリックシアター(シアター・トラム)で宮沢章夫 作・演出の「現代能楽集Ⅲ 鵺/NUE」を見た。

「現代能楽集」シリーズは、能楽の名作を題材に現代劇を創作する試みのようで、本作も世阿弥の「鵺」を基にしている。世阿弥の「鵺」では、鵺という化け物が帝に祟ったために源頼政により退治され空舟に押し込められ淀川に流されたのだが、その鵺の霊が旅の僧に供養を求めるために現われる。この能のシテは、ある時は鵺になり、またある時は源頼政といった具合に変幻自在に変化する。供養された鵺は果たして救われたのか、世阿弥ははっきり示していないという。この原作を使って宮沢章夫氏がこの現代劇を作った。パンフレットを読むと、「トランジットルーム」というどこでもない空間を舞台に「黒ずくめの男=鵺」を登場させ、今は亡き「60年代の新宿(アングラ劇の文化)」を語らせるという構造を持たせたという。劇作家・俳優・映像作家・演劇スタッフなどが登場するが、彼らは能の原作の旅の僧に相当するのだろう。能楽でシテが変幻自在に変化する如く、彼らは舞台の転換に沿って入れ替わり立ち代り登場する。鵺である黒ずくめの男は、鵺と違って供養を求めたりはしない。トランジットルームという奇妙な空間に捕らえられてしまい、過去の記憶のみをよすがに生きている。かつての同僚である劇作家に再会した男は、劇作家に対して「変わっちまったな。」と叫ぶ。

私の見た11/3の芝居は正式な公演に先立つ「プレビュー公演」で、料金も安かった。宮沢氏のウェブページを見ると、良い意味でも悪い意味でも出演者はかなり緊張して芝居をしていたようだが、観客である私も相当緊張して彼らの芝居を見ていた。(何せ一番前の席しか残っていなかったので、役者と2メートルと離れていない場所であまりの迫力に圧倒されていた。)世阿弥の能楽の予備知識もなく芝居に臨んだので訳がわからなかったが、それでも強いメッセージ性を持つ作品の力に打ちのめされた。こういう芝居を見せられると、芝居ってすごいんだなと実感させられる。世田谷パブリックシアターはこのような素晴らしい作品がよく上演されるようで、最近まで知らなかったことが悔しい。またせっせと通うことにしよう。
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by ika-no-shiokara | 2006-11-06 23:27 | 演劇/ダンス

敦 山月記・名人伝

世田谷パブリックシアターで「敦 山月記・名人伝」を見た。

東急田園都市線三軒茶屋駅を降りるとすぐのところに世田谷パブリックシアターがあった。再開発で出来た高層ビルの3階にあるきれいなホールだ。中に入ると舞台の奥に、中島敦の大きな写真が飾ってあった。舞台の上には円形の舞台装置が載っており、後ろの三日月形の部分が高くなっている。

舞台の左右に尺八と大鼓の奏者が登場し、前半の山月記が始まる。山月記といえば、国語の教科書にも載っていた中島敦の代表作。「隴西の李徴は博学才穎・・・」で始まる漢文調の文章は印象的で、忘れがたい。
舞台では中島敦がベッドに臥している。と、中島敦が起き上がったかと思うと4人の人物に分裂する。その後は、4人の中島敦が小説の叙述を時には交代で、時には4人一緒に語り継ぐ。生前文壇に認められずに早世した中島敦。山月記の主人公である李徴も、若くして進士となりながら、詩を志すも挫折して心ならずも地方官僚となり、かつての同僚の下風に甘んじ、ついには発狂して虎になってしまう。
4人の敦は4人の李徴でもある。帝大卒のエリートである敦であり、極貧に喘ぐしがない教師の敦でもある。若くして科挙に合格した李徴でもあり、不遇のうちに発狂した李徴でもある。
芝居のあとのインタビューで野村萬斎は「幽体分離」と呼んでいたが、4人の演者は主人公および作家の多面的な側面を各々現していたのだろう。
虎になってしまった李徴は、かつての友人である哀傪に出会い、自作の詩を何とか伝えようとする。哀傪はその詩を聞いて李徴の才能に感じ入るが、その詩には何かしら足りないものがあると感じる。野村萬斎いわく、「李徴はサリエリではあったが神に愛されるもの(アマデウス)モーツアルトではなかった。」
「人生は何事をも為さぬにはあまりに長いが、何事かを為すにはあまりに短い。」
舞台を通じて繰り返されるこのせりふは、中島敦の、そして演出家・野村萬斎の人生感・芸術感を表わしている。

後半の「名人伝」はうって変わって半ばコメディタッチの演出。前半の「山月記」があまりに重い作品だったため、意識的にそうしたと言う。といっても「名人伝」のテーマも実は重い。「射」の名人を志した主人公の紀昌は、名人・飛衛を尋ねその弟子となる。飛衛の下で研鑽を重ねた紀昌は、やがて飛衛から学ぶ余地も無い境地に達する。
更なる境地を目指して飛昌は山奥に棲む甘蠅師を訪ねる。甘蠅師は「射之射」ではだめで「不射之射」が必要だと言う。やがて山奥での修行を終えて邯鄲の都に戻ってきた紀昌は、以前の負けず嫌いの容貌が消え、さながら愚者の風貌に変わってしまった。ある時、紀昌が知人の下を訪れたとき、紀昌はあるものを見てそれが何で何の目的に使用するものかどうしても思い出せない。それは矢であった。紀昌は弓矢をも忘れてしまう、「不射之射」の境地に達していたのである。

舞台の後に、演出家・野村萬斎へのインタビューの時間があり、彼のこの作品への思い入れがよくわかった。世田谷パブリックシアターの芸術監督として、この作品をレパートリーとして残して行きたいというが、十分その価値ある作品だと思う。またいつかこの作品を再び見るとき、私は何を感じるだろう。それはその時の私の鏡。自分自身を知るリトマス試験紙なのかもしれない。
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by ika-no-shiokara | 2006-09-03 23:28 | 演劇/ダンス
下北沢の本多劇場で加藤健一事務所の音楽劇「詩人の恋」を見た。

この劇は、加藤健一と畠中洋の2名しか登場人物が登場しない。先日来1人芝居づいていた筆者。1人芝居を2つ見た次は2人芝居である。というわけではないが、「詩人の恋」(明らかにシューマンの有名な歌曲集の名)という題名に惹かれてチケットを購入した。実際、シューマンの作品が演奏され、芝居の縦軸となっているのだが、音楽の持つ力の素晴らしさを感じさせる素晴らしい芝居だった。

舞台は1986年のウィーン。へたくそなピアノでシューマンの「詩人の恋」を練習している声楽家のマシュカン教授。そこに1年前に演奏活動に行き詰ってしまったアメリカ生まれの(かつての)天才ピアニストのスティーブンが訪ねてくる。彼はピアニストとして立ち直るためにウィーンを訪ね、マシュカンを紹介されたのだ。だが、マシュカンはピアニストであるスティーブンに「詩人の恋」を歌うことを要求する。スティーブンは反発するが、いやいや練習を重ねる中で、マシュカンの意図を次第に理解していく。今まで自分の演奏は誰かのものまねをしているのに過ぎなかった。自分の内面から湧き出す感情を表現することの楽しさを知らなかったということにスティーブンは気づく。

実はスティーブンの渡欧にはもう1つの目的があった。彼はユダヤ人で、父親から渡欧費用を工面してもらった際に、ミュンヘン近郊にあるダッハウ強制収容所を訪れる約束をしていたのだ。ダッハウ訪問によりすっかりドイツ人嫌いになってしまったスティーブンは、ウィーンに戻ってからシューマンをドイツ語で歌うことを拒否する。マシュカンのもとを去ろうとするスティーブンに、マシュカンは黙って右手のシャツの袖をまくって見せる。そこには、大きな数字の刺青があった。マシュカンもユダヤ人で、強制収容所に入れられていたのだった。彼にとっては収容所時代のいやな思い出が生涯のくびきだった。何度も自殺未遂を繰り返していたマシュカンは、このやりとりの晩にもう一度自殺未遂を起こし、スティーブンに助けられる。

そんなやりとりの中で、2人は友情を深めていく。レッスンの期間が終わり別れの時が来るが、2人の間には友情と信頼の絆ができていた。

シリアスなテーマの中に、時に笑いをちりばめた、素敵な芝居だ。ジョン・マランスというアメリカの劇作家の作品で、各国で人気上演中という。何といっても、シューマンの「詩人の恋」という素晴らしい作品が芝居の各所で歌われ、芝居の縦軸となっているところが魅力的だ。加藤健一は、この作品のために声楽のレッスンを何年も重ねてきたという。発声も本格的だ。シューマンが歌えて芝居もできる役者が他に何人いるだろうか?スティーブン役の畠中洋も(ミュージカル役者出身なので発声法に少し違和感があったが)素晴らしい。

先週はパウル・クレーの美術の中に音楽を聴いた。今週は演劇の中で演奏される音楽を聴いた。いろいろな音楽の楽しみ方があるのだなぁと感じ入った。家には確かフィッシャーディスカウのCDがあったはずだ。久し振りに聴いてみよう。
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by ika-no-shiokara | 2006-08-27 01:52 | 演劇/ダンス

白石加代子 百物語

パルテノン多摩で白石加代子の「百物語」を見た。

先日「天切り松」の1人(2人)芝居を見た勢いで、1人芝居の「老舗」(?)たる白石加代子の「百物語」のチケットを購入した。はるばる多摩センターまで足を伸ばしたのだが、横浜駅から1時間強で到着。意外に近かった。

「百物語」の人気については雑誌等で聞いていたが、今までに第23回まで回数を伸ばし、演じた話の数は約80に上るとのこと。今回は、1992年に初演した「第1夜」のリバイバル上演。第1夜の演目は偶然選ばれたそうだが、演者の思い入れもあるのだろう、他の回よりも盛り上がるようで、しばしば再演していると言う。

はじめに、真っ暗なままの舞台で白石が夢枕獏の「ちょうちんが割れた話」を語り始める。何も見えない演劇というものがあるのか、少し驚く。何も見えないだけに、全神経を耳に集中して語りを聞く。お盆の夕方に死んだ孫の霊がやってくるというこの短い話が終わると、舞台に明かりが灯される。すぐに次の「二ねん三くみの夜のブランコの話」(同じく夢枕獏作)が始まる。古い小学校で死んだ子供の幽霊が出るというよくある怪談話だ。前半の最後は筒井康隆の「女菩薩団」。これは学生の頃原作を読んだ時の不思議な印象が残っている。筒井の作品にはこうしたとんでもない筋のものも多い。スカトロジー満載のこの作品を、白石はしらっとした表情で読み進めていく。演出によってはもっと怖くすることもできるだろうが、比較的控えめな演出が意外な気もした。

休憩をはさんで、最後に演じたのが半村良の「箪笥」。後半の幕が上がると演台が据え付けてあり、白石が老婆の格好をして関西弁で話し始める。夜になると家族が皆箪笥の上に上がって夜を明かすようになるという不思議な、しかしとても怖い話。確か、韓国で映画化されたのではなかったか。(見ていないが。)印象的なのは、家族が箪笥に上がるときや、箪笥を運んでいるときの「カタカタッ」という音の表現。老婆の声音で話す白石の声の合間に、甲高い「カタカタッ」という音の表現が繰り返される。最初はそうでもなくても、だんだん怖さが耳にこびり付いてくる。それ以上過度の演出をしなくても十分怖い。

白石の手馴れた表現はさすが。夏の夜のひととき、怪談話に暑さを忘れた。「百物語」は第99話まで行って終わりにするという。次の話はどんなものになるのか、楽しみだがちょっと怖いかも。
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by ika-no-shiokara | 2006-07-08 23:06 | 演劇/ダンス
浅田次郎の「天切り松 闇がたり」を朗読劇でやるというので、有楽町のニッポン放送イマジン・スタジオまで行ってきた。

ニッポン放送のビルに入り、階段をずいぶん下ったところにイマジン・スタジオがあった。ジョン・レノンのイマジンにちなんで名づけられたらしい。スタジオ内は仮設舞台(といっても牢屋をイメージした木組みで囲われただけの簡素なもの)に近い部分にゴザを敷き、遠い部分に椅子を置いて座席に仕立ててあった。原作で「天切り松」が囚人や看守を相手に闇がたりを行っているのを再現する趣向だろう。私は前から2列目のゴザ席だ。私は囚人役なのか、看守役なのか。

開演時間となりスタジオが一瞬暗くなったと思ったら、尺八を何本も抱えた男(藤原道山)が現れ、演奏を始める。と、黒子装束の男(増田英治)が登場。仮設舞台に据え付けてある木組みを並べ替え始める。男の作業が終わったところで、すまけい演じる天切り松が片足を引きずりながら登場。

話は、原作から2つのエピソードを採用して構成されていた。1つ目は、天切り松がまだ少年の頃父親に連れられて目細の安吉親分に預けられたときの話。すまけいがある時は闇がたりをしている松蔵になり、ある時は安吉親分になり、また寅兄い等になるという1人芝居だ。ちょうど落語か講談を聴いている按配だが、時にすまけいが黒子役の増田英治や尺八の福原道山にちょっかいを出して芝居に引き込む。2つ目のエピソードは鷲尾真知子演ずるゲンノマエのおこんと山県有朋の奇妙な交流を描いたエピソード。原作でも最も印象的だった話だ。ここでもすまけいは松蔵かと思うと山県有朋になり、鷲尾真知子との奇妙な2人芝居を演じた。

すまけいの演じる天切り松は、好々爺然としていてちょっと私のイメージとちがっていた。私のイメージする松蔵は、ものすごく小柄だが明治人としての気骨が満ちあふれてちょっと怖いような存在だ。もっとも、そんな天切り松が自分の5メーターほどのところに座っていたら、パワーに圧倒されてしまい寛いで芝居を見るどころではないかもしれないが。観客サービスのためにジョークを言ったりするのは面白い反面、違和感もあった。私は「天切り松」を日本版「ほら男爵の冒険」だと思っているから、大風呂敷を広げてあることないこと語る天切り松を描いた方が面白かったかもしれない。
芝居のキャプションに「第1夜 闇の花道」とあるから、今後第2夜、第3夜と続ける構想だろう。とまれ、今後の展開を期待したい。
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by ika-no-shiokara | 2006-06-14 23:08 | 演劇/ダンス