烏賊の塩辛が見に行った映画や展覧会の感想など、日々感じたことを徒然に書いていきます。


by ika-no-shiokara
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東京文化会館でフィレンツェ歌劇場日本公演の「ファルスタッフ」を見た。

先週某出版社から電話があり、同社の発行する雑誌の読者をオペラに無料招待する企画にあなたが当選したとの連絡だった。そう言えばだいぶ前に応募したことを思い出したが、まさか自分が当選するとは思ってもみなかったので大変驚いた。

当日は事前の解説があると言うので上野精養軒へ。軽食をいただきながら音楽評論家の堀内修さんの話を聞く。作品の紹介、歌手の紹介、オペラの楽しみ方など、ざっくばらんに話す堀内さんの説明を聞きながら、本番への期待が高まっていく。雑誌の編集長から、「うちのアルバイトの女の子から聞かれたのですが」と前置きして、ミュージカルとオペラの違いが何かを質問。堀内さんは、レナードバーンスタインがウェストサイド物語を作曲した時にあなたの作品はオペラかと聞かれた際に、「オペラではない。ミュージカルは筋を歌でつないだものだが、オペラは歌が筋を動かしていく。」と答えた逸話を紹介する。編集長も私も他の聴衆もこの説明ではよくわからなかったのだが、「それではその答えはオペラを見て確認しましょう。」ということで、全員で東京文化会館へ向かう。

上野精養軒を出る直前にくじ引きがあり、座席はS席をもらえることになった。今日はなんて運がよいのだろう。これで運を使い尽くさなければよいが、と思いながら座席につく。
東京文化会館は5階席まで満席の状態だ。(みんなお金持ちだなぁ。)
序曲も何もなく幕があがると、舞台の上に更に階段を10段ほど上がったところに居酒屋のセット。この後何度か舞台の転換があるが、舞台の手前の低いところと10段上がった高いところの間で物語は展開する。第3幕になってこの仕掛けの理由がわかる。第3幕の最初でファルスタッフは上の舞台のベッドに寝ているのだが、上の段の装置がすっかり取れてあたりは樫の木の公園になってしまい、ファルスタッフは樫の木の上で寝ている格好になる。今回の演出では、この第3幕の出来事はみなファルスタッフの夢の中の出来事とされる。それまでの舞台とは打って変わって妖精たちが飛び回るファンタジックな舞台になる。
堀内さんは「このオペラはお芝居として見て楽しんでください。」と言っていたが、シークスピアの原作を台本作家のボイトがうまく纏めてオペラに仕立ててあり、よく出来た芝居だ。ただ、歌手の歌に説得力がないと太っちょのファルスタッフが女性たちを口説こうとしているのが猿芝居になりかねない。今回のように一流の歌手が歌ってこそ楽しめるオペラのよう。難しいものだ。
ヴェルディはたくさんの悲劇を書いた後、最後にこの喜劇を書いたという。ファルスタッフに最後に「世の中は全て冗談。人間はすべて道化師」と歌わせ、全ては相対的なもの、人間というのは複雑なもの、という境地で全生涯の最後の作品を終える。

夢のようなオペラ、夢のような一日だった。
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by ika-no-shiokara | 2006-09-11 23:46 | クラシック音楽

敦 山月記・名人伝

世田谷パブリックシアターで「敦 山月記・名人伝」を見た。

東急田園都市線三軒茶屋駅を降りるとすぐのところに世田谷パブリックシアターがあった。再開発で出来た高層ビルの3階にあるきれいなホールだ。中に入ると舞台の奥に、中島敦の大きな写真が飾ってあった。舞台の上には円形の舞台装置が載っており、後ろの三日月形の部分が高くなっている。

舞台の左右に尺八と大鼓の奏者が登場し、前半の山月記が始まる。山月記といえば、国語の教科書にも載っていた中島敦の代表作。「隴西の李徴は博学才穎・・・」で始まる漢文調の文章は印象的で、忘れがたい。
舞台では中島敦がベッドに臥している。と、中島敦が起き上がったかと思うと4人の人物に分裂する。その後は、4人の中島敦が小説の叙述を時には交代で、時には4人一緒に語り継ぐ。生前文壇に認められずに早世した中島敦。山月記の主人公である李徴も、若くして進士となりながら、詩を志すも挫折して心ならずも地方官僚となり、かつての同僚の下風に甘んじ、ついには発狂して虎になってしまう。
4人の敦は4人の李徴でもある。帝大卒のエリートである敦であり、極貧に喘ぐしがない教師の敦でもある。若くして科挙に合格した李徴でもあり、不遇のうちに発狂した李徴でもある。
芝居のあとのインタビューで野村萬斎は「幽体分離」と呼んでいたが、4人の演者は主人公および作家の多面的な側面を各々現していたのだろう。
虎になってしまった李徴は、かつての友人である哀傪に出会い、自作の詩を何とか伝えようとする。哀傪はその詩を聞いて李徴の才能に感じ入るが、その詩には何かしら足りないものがあると感じる。野村萬斎いわく、「李徴はサリエリではあったが神に愛されるもの(アマデウス)モーツアルトではなかった。」
「人生は何事をも為さぬにはあまりに長いが、何事かを為すにはあまりに短い。」
舞台を通じて繰り返されるこのせりふは、中島敦の、そして演出家・野村萬斎の人生感・芸術感を表わしている。

後半の「名人伝」はうって変わって半ばコメディタッチの演出。前半の「山月記」があまりに重い作品だったため、意識的にそうしたと言う。といっても「名人伝」のテーマも実は重い。「射」の名人を志した主人公の紀昌は、名人・飛衛を尋ねその弟子となる。飛衛の下で研鑽を重ねた紀昌は、やがて飛衛から学ぶ余地も無い境地に達する。
更なる境地を目指して飛昌は山奥に棲む甘蠅師を訪ねる。甘蠅師は「射之射」ではだめで「不射之射」が必要だと言う。やがて山奥での修行を終えて邯鄲の都に戻ってきた紀昌は、以前の負けず嫌いの容貌が消え、さながら愚者の風貌に変わってしまった。ある時、紀昌が知人の下を訪れたとき、紀昌はあるものを見てそれが何で何の目的に使用するものかどうしても思い出せない。それは矢であった。紀昌は弓矢をも忘れてしまう、「不射之射」の境地に達していたのである。

舞台の後に、演出家・野村萬斎へのインタビューの時間があり、彼のこの作品への思い入れがよくわかった。世田谷パブリックシアターの芸術監督として、この作品をレパートリーとして残して行きたいというが、十分その価値ある作品だと思う。またいつかこの作品を再び見るとき、私は何を感じるだろう。それはその時の私の鏡。自分自身を知るリトマス試験紙なのかもしれない。
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by ika-no-shiokara | 2006-09-03 23:28 | 演劇/ダンス