烏賊の塩辛が見に行った映画や展覧会の感想など、日々感じたことを徒然に書いていきます。


by ika-no-shiokara
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横浜みなとみらいホールで、バッハのマタイ受難曲を聴いてきた。

バッハの最高傑作であり、西洋のクラシック音楽の1つの頂点を極めたと思われるバッハの「マタイ受難曲」。これをドレスデン聖十字架合唱団とドレスデンフィルが横浜で演奏するというので、半年前から主催者の神奈川芸術協会に申し込んで、最良の席を確保して楽しみに待っていた。

マタイによる福音書を元にイエス・キリストの受難と復活を描くこの大曲は、全曲を演奏するのに3時間もかかり、5人の独唱者と合唱団・オケが必要となるから、生半可なことでは演奏する側も聞く側も持たない。
体調にも気をつけ、開場の少し後に満を持してホールに入る。ロビーで1000円のプログラムを手にとっったが薄っぺらだったので購入せず。でも最近はオペラなどでよく見るようになったが、舞台左右に大きな液晶表示板が設置されており、非常に理解を助けてくれたので、これで正解だったようだ。

よくクラシック音楽はキリスト教徒でない日本人にはわからないと言われたりするが、私は普段はそんな気はしない。だが、「マタイ」を前にすると果たして自分にこの曲が理解できるのか慄然とする。曲自体はCDで何度も聞いたことがあるし、内容もある程度は学生時代にキリスト教の勉強をしていたのでわかっているつもり。でも、非キリスト教徒として、イエスの受難と復活を描くこの曲をどんな気持ちで聴けばよいのか。普段なら、音楽として楽しめば良い、と答えるのだが、やはりこの曲にはただ「楽しむ」だけではない、もっと崇高なものがあると思う。信仰が無いものにとっても、その崇高なものに近づけるのだろうか。演奏を聴きながら、その音楽に感動しながらも、そんなことを考えていた。だが、イエスが「エリ・エリ・ラマ・サバクタニ」と叫んで、福音史家がイエスの死を静かに告げた場面、そして最後に合唱が「われらは涙流してひざまずき」と歌った場面では確かに宗教的な感動を覚えた(ように思われる。)

合唱団は、少年期のみに可能な「天使のような」やわらかい声で荘厳な音楽を支えていた。
福音史家のマルティン・ペッツオルト氏は貫禄十分の風貌で、時に厳かに、時にかぼそく、様々な表現を駆使して聖書のことばを伝えていた。他のソリスト達も素晴らしかった。(やはりCDで聞くのと違って、福音史家・イエス・ユダなどが順に各ソリストに歌い継がれるのを視覚的にも確認でき、ドラマチックな感じがよく伝わった。)
舞台中央に座っていた、チェロを少し小さくしたような楽器は何だろう。時にソロで特徴ある音型を奏でるその楽器が印象的だった。

コンサート形式なので仕方ないのかもしれないが、最後に拍手を送るのはこの曲の演奏に似つかわしくないのではないか。第1部が終わって途中休憩に入る時にも拍手などしなければよいと思った。(時にやられていると思うが、主催者側であらかじめ拍手を控えるようにアナウンスしておけばよいと思う。)

会場で久し振りに知人にあった。以前にドイツに赴任していた際にドレスデンで同じ「マタイ」を聴いて感動し、私と同じように半年前からこのコンサートをわくわくして待っていたようだ。やは誰にも通じるり普遍的な感動はあるのだと思った。
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by ika-no-shiokara | 2007-02-25 10:22 | クラシック音楽